秋の終わりの夜になったというのに、空には星が見えない。ただ、どす黒い雲から漏れ出す氷のような雨だけが、静かに音を立てている。雨夜だというのに、瓦礫の中でたき火を焚いている人がちらほらいる。しかし、誰も不思議には思わない。帰る家がないのだと一目でわかる。町は、それだけさびれていた。
シルリア。ヨーロッパの中央に存在する小さい国だ。昔は繁栄の一途をたどっていたのだが、今世紀に入ってからは産業革命に乗り遅れ、苦し紛れの戦争で、さらに国を荒廃させていた。経済的な直撃を受けたのは、北の敵国に面した都市、ヴァルヴァングラ。町には瓦礫と浮浪者があふれていた。
二人の大柄な兵士が、影のような身のこなしで建物の中へ入っていく。建物はありふれた一階建ての集合住宅だ。サーベルを持った二人の兵士は、政府から暗殺の命令を受けていた。標準は「影斗」という男。この建物の中にいるはずだ。
「――影斗は魔法を使う。男といえど、魔法を使うとわかれば、すべて死
刑だ!それに、奴の周りの人間は、みんな不思議な術を使う…。とに
かく、奴を殺せ!」
影斗の部屋の前まで来た。中からは気配を感じない。雨音と柱時計の音が、不気味なハーモニーを奏でている。兵士たちは、そんなことに躊躇することもなく、ドアを思い切り開けた。
誰もいない。
「畜生!俺たちが来るのを予言しやがったな!?」
相手を魔法使いと決め付けている二人には、そうとしか思えなかった。しかし、二人は落ち着いていた。影斗の行き先はわかっている。やつが国境に面した洞窟を出入りしているという情報はすでに得ている。奴はきっと、そこにいる。机においてあった影斗のものと思われるリストバンドを手に取り、二人の兵士は互いにうなずくと、洞窟へ足早に歩き出した。
洞窟では、影斗が怪しげな機械を前にして、もくもくと研究を続けていた。今が昼なのか、夜なのかもわからない、ランプと機械だけの場所。彼がどこから来て、何があって、今に至るのかを知るものは、誰もいない。ここでひそかに空間移転装置という、ほかの人類にはおよそ見当もつかないものの研究をしていることも、誰も知らない「はず」だった。
不意に背後に怪しげな気配を感じ、影斗は振りむいた。そこには、ランプの薄暗い明かりに照らされた二人の男が、てらてらと光る銃を片手に、凍るような視線で影斗をにらみつけていた。しかし影斗は表情もかえず、じりじりとあとずさっていった。少なくとも、二人の兵士にはそう見えた。いまや暗殺者と化した二人の兵士は、ターゲットを目の前にして、こう言い放った。
「よう。あんたが、影斗だな。」
「・・・。」
「貴様が何の研究をしているかは、俺たちの知ったことではない。空間移転装置でも、魔法の研究でも、何でもいい。」
「・・・。」
「残念だが、研究の続きは地獄でやってくれ。」
「それだけか?」
「うるさい、黙れ!!この悪魔の使いが!!」
狂ったようにそう叫び、兵士たちはその鈍色の銃口を影斗に向けた。
「堅いこと言うな、そんなんで人が殺せると思うのか?」
ナインはゼクスに、ラム酒の入ったグラスを押し付けた。
「僕はまだ17ですよ!それに、人を殺したいなんて・・・。」
ゼクスは履きなれないゲートルを気にしながら、このパブ「シルス・デリス」の店内を見回していた。パブに入るのは初めてだ。軍の同僚で自分より25歳も年上のナインに勧められてきてみたが、置いてあるものは酒ばかりで自分の飲めるものはなかった。ほかにも大勢の兵士がいて、ヴァルヴァングラとは思えないほど、にぎわっていた。ナインは鼻の頭を赤くして、またラム酒を一気に飲み干していた。
「こんな物のどこがいいんだ・・・。」
そんなことを思いながら、ふと外を見てみると、雨の中を二人の兵士が歩いている。暗くてよくわからないが、自分たちとは違う、黒い軍服を着た兵士。黒軍服は、魔女連行処刑員の目印だった。そして手には、わっかのような物を持っている。
「・・・!!」
「どうしたぁ、ゼクスぅ・・・。」
「あ、あれ・・・。」
酔っ払っていたないんだが、そのわっかを見ると、一気に酔いも吹き飛んだようだ。
「お、おい・・・。あれって、影斗のリストバンドじゃねぇか!!」
「間違いないです!」
ナインとゼクスは、勘定も払わずに店を飛び出した。しかし、店主は気づいてないようだ。二人は兵士を尾行した。夜更けにつれて雨足は弱まってきている。二人の兵士は影斗の家から離れていく。しかし、二人の兵士が影斗を殺害しようとしていることは明らかだ。それ相当の武器も持っているはず。ナインとゼクスは、彼らの殺人を阻止しようと二人を追った。
兵士の後を追って、洞窟に入った二人だったが、真暗ともいえる洞窟内で、すっかり兵士たちを見失ってしまった。ゼクスは持っていた携帯ランプに明かりをともし、せまい洞窟の中を歩いていった・・・。
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