まだ空が白み始めたころ、江戸から少し離れた村で、地之助がむっくりと起きあがった。
子の潤吉とお徹はまだ寝ている。雀が鳴き出す、地之助は、こういう時間が一番好きだ。お徹を起こして、もやのかかった畦を歩いて稲や野菜の世話をするのが一番の日課だった。
今年は天気にも恵まれて、年貢もちゃんと納められそうだ。
子供の頃に体験した飢饉。何体か知った顔の死体が転がっていたが、誰も触れようとせず、えたやひにんもこなかった。烏が顔をつついている光景が、今でも目に焼き付いている。
豊かに育った稲を見ながら、ほっと安堵のため息をついた。と同時に、稲の刈り入れの遅れが気になった。ほかの村人の手伝いばかりで、うちの田の番がまだ来てない。前々からうちの他の借り入れをするといいながら、ほかの村人の刈り入れがなかなか終わらなくて伸ばされてきた。今日にでも刈り取らねば、田を眺めながら、のんびりとそう考えていた。
一刻ほど野菜に水をやるのに使い、一息ついたところで隣の田を見た。隣の干された稲が朝日にまぶしい。うらやましそうに干した稲を見ながら、またのそりのそりとあぜを引き返していった。
わらぶき屋根の我が家に戻ると、お鉄が潤吉を起こし、粟を炊きはじめた。「潤吉、大きくなったなぁ。」 お徹が竹筒を精一杯吹きながら、こともなげに言った。
「私の子ですから!」
潤吉は五つになる息子だ。ちょうどこのぐらいのときにわしは飢饉にあったような・・・ 井戸から水を組んできた潤基地の顔は色が良く、心配無用だった。
もうすぐ米を食えるかもしれないと思うと、余計に粟飯がまずく感じた。 飯を食い終わると、早速村のものたちに、刈り入れの手伝いを頼んだ。今日は珍しく、みんな快く引き受けてくれた。家に帰り、お徹や潤吉にも鎌を持たせて田へ急いだ。誰もが日が高くならないうちにはじめたいと思っていたので、村の者たちは割合と早く集まってくれた。
鎌を抜き、早速刈り入れを始めた、結局、お天道様がぎらぎら輝いている。
田、二町。ただっぴろい。しかし、せっかく村のものが何人も集まったことだし、仕事を始める。田植えよりはらくだが、疲れる。まだ村の中では若い方だが、もう三十路過ぎだ。ひたすら稲の元を鎌で刈る、腰の痛くなる動作を繰り返した。潤吉のいる手前、楽はできない。今日が終われば腰なんてどうなってもいいと、投げやりになって仕事を進めた。たまに潤吉に水を組ませてみなで飲んだりもしたが、秋の予想以上の日差しが背中を焦がす。 わらの束が増えていくのはうれしいが、前に広がる稲を見るとうんざりする。
「地之助、がんばれよぅ。」
と子供のときから友達の健八も励ましてくれている。太陽から逃げるように、今日は予想以上に手際が良かった。 七、八人集まっていたが、みな無言で黙々と稲を刈っていた。こういうときぐらいしか集まらないのだから、もうちょっと話せばいいように見えるが、みんな真剣だった。
日がだいぶ西に傾いた夕七ツ、ついに最後の一本を刈り取った。皆、ほかのものの田も刈り取っているため、連日の刈り取りでくたくただった。
山積みになったわらを見ながら、腰を押さえ、笑いながら健八その他の人たちが帰っていった。空はきれいな夕焼けだ。雨も降りそうにないのでわらはそのまま置いておき、眠そうでぼおっとしている潤吉や、夕飯の準備があるお徹と一緒に家路に着いた。
麦飯と漬物を食べながら、家族で今日の刈り入れの話に花を咲かせた。 |