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お話

補足説明

 ここは江戸城に程近い刀店「薩摩屋」の奥。すずめがちゅんちゅんと鳴いている。

 朝の日差しを受けて「薩摩屋」の主、裕吉は、おきてすばやく白髪交じりの曲げを結い、書物を読み始めた。

 彼の場合、朝日の出る前から起きるのは、目によくないと思ったので、日が上がってから書物を読むことにしている。

 「薩摩屋」は表通りに面したやや大きい刀店で、裕吉が一人で作り上げた。そういう意味では彼は成功しているのだが、「ここまでの道には億劫の時間がかかった」と裕吉は口癖のように言っている。運ではなく、実力で作った店だということを知ってもらいたかった。

 店の中は物騒なものが並んでいるが、裕吉の性格からか、薩摩屋は下級武士に人気があった。

 外に出ると、流れるように人が歩いている。大江戸がいかほどに栄えているかはこの景色を見ればすぐにわかる。

 しかし、今日は客が入ってこない。どうしたことだ。お天道様が真上に行っても誰一人店に入ってこないの裕吉が不安になっていると、関を壊したように、どっと客が入ってきた。客の一人に聞いてみると、なるほど今日は寄合の日だったのだ。

 幕府から配られるだけじゃ満足しないのか、武士たちがどんどん店に入ってくる。仕入先が紘三郎の鍛冶屋なのも、安くて強い秘密の素材があるとかで、人気のひとつだ。確か、女房に先立たれて、一人息子がいたような・・・

「この脇差、いくら?」

「あ、ああ。百六十文だよ。」

「おぉ、箆棒にやすいねえ!」

「うちの方針でさぁ。」

 脇差を売るときは、身分証明をしなくてはならない。おなじみの顔にも、すでに刀を持っているものにも、苗字があるものも、みんな身分証明だ。この面倒くささがいくらか客を奪ってるんじゃあないか、とひそかに裕吉は不満を持っていた。 

 妻のお尚と丁稚奉公の太郎が声を上げて宣伝してくれたおかげで、今日は脇差が良く売れた。しかし、もう夕方なのにまだ彼が来てない。買うことはなくても毎日見に来る常連中の常連なのに。

 要らぬ心配をして、湯左右衛門の家までいってみることにした。久しぶりに町をのらりくらりと歩いていくと、向こうから湯左右衛門が歩いてきた。

「これはお久しぶりでございます、湯左右衛門さん」

「昨日あったばかりぢゃねえか。何か新しいもんでもあるか?」

「ちょうど五寸ほどの脇差しを仕入れましたよ。」

「脇差しはつかわねえなあ・・・」

「お安いですよ。、夜なんかも一本身につけておくと、心強うございますよ。」

 どうだろう、買うだろうか・・・

 やっぱり買ってくれた!店側としては、こんなにやりやすい客はいないだろう。買うと見越して持ってきた脇差しを、湯左右衛門に渡す。払いはツケだ。 心のつかえもとれ、のんびり道を引き返す。もう日は沈んでいる。あちらこちらからいいにおいがしてくる。まだ道を急いでいる人もちらほら見かける。角をいくらか曲がり、提灯がともった頃、店に帰って、飯を食べ、そして、寝た。

億劫・・・無限の時間の億万倍。果てしなく長い時間を指す

百六十文・・・一文の値は変動するのでかけないが、相当安い値段だ

身分証明・・・武士以外に刀その他の武器を売ると、罰せられた

 

 


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